恵介の従兄 鈴木桂二

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日本経済新聞「私の履歴書」木下惠介より

木下惠介が彼からどんな影響を受けたのか考えれば、昭和39年「香華」を最後に松竹を飛び出し、旧態依然とした映画界から、
未知の可能性を秘めたテレビ界へ。その鮮やかな転身の背景が見えてきそうです。

鈴木桂二
NHK野々市研究時代。

昭和7年、浜松高等工業学校
(現静岡大学工学部)電機学科卒業後、
NHK名古屋放送局技術部に入局、昭和12~43年までNHK技術研究所において技術開発の最前線で活躍した。

【主な業績】
●昭和28年NHKテレビ放送開始 東京~名古屋~
 大阪間に日本初のマイクロウェーブによる
 テレビ中継回線を開設した。
●昭和39年東京オリンピック
 静止通信衛星シンコム3号によるテレビ
 世界中継に成功。
 今日のNHK衛星放送の端緒となった。
●若手研究者のための「鈴木記念賞」を創設。
●ビデオテープレコーダーの開発に
 早くから着手、スローモーションVTRはじめ
 各種の録画方式を考案。


鈴木桂二

  • 鈴木栄作
  • 桂二の結婚式にて。
    中央が桂二、左が惠介の母たま、右が栄作。

    鈴木栄作
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