すごい作家が浜松に存在(い)た。

すごい作家が浜松に存在(い)た。|藤枝静男

藤枝静男作品には時代を超えた重要なメッセージがある。
私たちは、この時代だからこそ、藤枝作品に注目しなければならない。
極限まで「私」はなにものにも姿が変えられる変幻自在の「神」のようなものである。

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□一家団欒

1966年(昭和41年)
群像9月号に発表

一家団欒

浜松と「一家団欒」の風景
 四年前「一家団欒」を書こうとして、そのテーマが頭を離れなかったころ、その時分の習慣で、ある日曜の午後でたらめにバスに乗って浜松を出た。(中略)
 つまりこの風景は、そうして行き当たった場所のひとつだったわけで、従って四年後の今となって写真にするならここと決めはしたものの、さてそれが広い浜名湖畔のどの地点であったかということになると、文字通り五里霧中で全く自信はなかったのである。ただ印象と記憶だけは鮮やかに残っていたから、急いで地図を買ってきてだいたいの見当をつけ、車で走りあるいてみた挙句に、ここを捜しあてることができたという次第であった。そして実際に行き当たってみると、それは家からわずか二十分の宇布見山崎という部落のはずれにある養鰻場だったのである。
 (「宇布見山崎」より)

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