| フランスの名門バレエ団、 パリ・オペラ座バレエ団が4年ぶりに来日! 全国公演はなんと8年ぶりです。 今回の演目は巨匠ジョージ・バランシーンの 三部作「ジュエルズ」です。 パリ・オペラ座では2000年12月に 初めて三部通しで上演された作品が、日本に初上陸。今回は、パリ・オペラ座バレエ団によって上演される 「ジュエルズ」の魅力をご紹介します。 |
|
パリ・オペラ座バレエ団とは? ~341年の歴史を誇る世界最古のバレエ団~ 1661年創設、太陽王として知られるルイ14世の王立舞踊アカデミー設立からはじまる世界最初のバレエ団、パリ・オペラ座は、現在でも国際的に「世界 一」のカンパニーと認められています。本拠地パリだけでも年間150回を越える公演を行い、古典作品から最先端の現代バレエまで、世界のどのバレエ団より も幅広いレパートリーを持っています。1713年にオペラ座が国家機関として認定されると同時に、オペラ座バレエ学校が正式に設立され、舞踊家たちは真の プロとなりました。当初、バレエはオペラの中の舞踊部分と見なされていましたが、次第にオペラから独立した作品として上演されるようになります。19世紀 のロマンティック・バレエ全盛期には、『ラ・シルフィード』『ジゼル』など今日でも上演される名作がオペラ座から生まれました。20世紀に入り、セル ジュ・リファール、ルドルフ・ヌレエフといった芸術監督がオペラ座の発展に貢献しました。また、オペラ座バレエ学校からはパトリック・デュポン、シル ヴィ・ギエムら今日を代表するスターたちが生まれました。バレエ団の星、『エトワール』 ~入団してからの過酷な道のり~ 団員数150名以上の巨大なパリ・オペラ座バレエ団は、厳格な階級制が敷かれていることでも有名です。附属のパリ・オペラ座バレエ学校では、16~17倍 という競争率を突破して入学した若干30名が、全寮制の6年間で、厳しいカリキュラムをこなします。しかし、パリ・オペラ座バレエ団に選抜されるのはほん の数名のみ。毎年バレエ団が採用するのは10名に至りません。入団後は、群舞の『カドリーユ』からスタートし、上級群舞の『コリフェ』、ソリストの『ス ジェ』、主役級ソリストの『プルミエ・ダンスール』(女性の場合は『プルミエール・ダンスーズ』)と昇進していきます。昇進するか否かは、毎年12月に行 われるオペラ座内部のコンクールによって決まります。しかし、頂点の『エトワール』だけは芸術監督による任命で決まります。才能があるダンサーはスピード 昇進することもあり、プルミエール・ダンスーズに昇格して1週間でエトワールに任命されたギエムなど、エトワール任命のニュースが世界中で話題になること もしばしばです。昨年12月29日にエトワールに任命されたばかりのクレールマリ・オスタを含め、現在エトワールは11人。そのうちの誰が浜松で踊るの か、お楽しみに!(キャストの正式発表は公演当日になります。)◆ジュエルズ演目紹介◆振付家ジョージ・バランシーンが<エメラルド><ルビー><ダイヤモンド>の3つの宝石をイメージして創作した華 麗な大作「ジュエルズ」は、クラシック・バレエの美学にスピード感や大胆さなど現代的な要素を加えたバランシーン独自のスタイルが込められた魅力的な作品 です。 創作の発端は、かねてから宝石の美しさに魅了されていたバランシーンがニューヨーク五番街の宝石店ヴァンクリフ&アーペルを訪れた時のことだったとか。 3つの宝石は、それぞれを想起させる衣裳、3人の作曲家の音楽によってバラエティ豊かな3部仕立ての作品となりました。また、3つの幕はそれぞれ、バラン シーンが愛した3つの国のバレエ文化へのオマージュ(賛辞)ともなっています。 第1幕<エメラルド>Emeraude ![]() 音楽:「ペレアスとメリザンド」「シャイロック」 作曲:G. フォーレ(仏 1845~1924) フランスのロマンティック・バレエへのオマージュである<エメラルド>は緑の衣裳のダンサーが優雅に舞います。
カリン・アヴェルティ
クレールマリ・オスタ(エトワール) 第3幕<ダイヤモンド>Diamants マリ=アニエス・ジロー 舞台美術・衣裳には世界的なデザイナーのクリスチャン・ラクロワを起用し、<エメラルド>は膝丈、<ルビー>はミニ、<ダ イヤモンド>はクラシック・チュチュの型-と、それぞれの時代を彷彿とさせる衣裳と、3つの宝石をイメージした舞台美術には現代的なエレガンスが香 ります。 |
|
|
●ジョージ・バランシーン(1904~1983)
グルジア出身の両親の下、サンクト・ペテルブルクに生まれる。10歳で帝室マリインスキー・バレエ学校(現在のワガノワ・バレエ学校)に入学。17歳で 同バレエ団に入団。1924年にセルゲイ・ディアギレフよりバレエ・リュスに招かれ、ダンサー及び振付家として入団。1929年、ディアギレフの死ととも にバレエ・リュスが解散すると、弱冠25歳のバランシーンはすぐさまパリ・オペラ座からバレエ・マスターの職をオファーされるが、健康上の理由等でこの話 は流れる。その後、アメリカ人の富豪の青年リンカーン・カースティンからの申し出により渡米し、スクール・オブ・アメリカン・バレエを設立。のちに、これ を母体として、バレエ・ソサエティ(現在のニューヨーク・シティ・バレエ)を設立。没年までニューヨーク・シティ・バレエのバレエ・マスターとして140 以上の作品を創作した。パリ・オペラ座には1947年にビゼーの「交響曲第1番」を使った「水晶宮」を振り付けたが、初演当時、この作品には楽章ごとに宝 石の名前(ルビー、黒ダイヤモンド、エメラルド、真珠)が付けられており、1967年にニューヨーク・シティ・バレエで初演された「ジュエルズ」を予見さ せる作品であった。以後、1976年までバランシーンは定期的にパリ・オペラ座を訪れて、自作の指導にあたった。 |
|
|
公演情報 |
|
1661年創設、太陽王として知られるルイ14世の王立舞踊アカデミー設立からはじまる世界最初のバレエ団、パリ・オペラ座は、現在でも国際的に「世界 一」のカンパニーと認められています。本拠地パリだけでも年間150回を越える公演を行い、古典作品から最先端の現代バレエまで、世界のどのバレエ団より も幅広いレパートリーを持っています。1713年にオペラ座が国家機関として認定されると同時に、オペラ座バレエ学校が正式に設立され、舞踊家たちは真の プロとなりました。当初、バレエはオペラの中の舞踊部分と見なされていましたが、次第にオペラから独立した作品として上演されるようになります。19世紀 のロマンティック・バレエ全盛期には、『ラ・シルフィード』『ジゼル』など今日でも上演される名作がオペラ座から生まれました。20世紀に入り、セル ジュ・リファール、ルドルフ・ヌレエフといった芸術監督がオペラ座の発展に貢献しました。また、オペラ座バレエ学校からはパトリック・デュポン、シル ヴィ・ギエムら今日を代表するスターたちが生まれました。バレエ団の星、『エトワール』 ~入団してからの過酷な道のり~
団員数150名以上の巨大なパリ・オペラ座バレエ団は、厳格な階級制が敷かれていることでも有名です。附属のパリ・オペラ座バレエ学校では、16~17倍 という競争率を突破して入学した若干30名が、全寮制の6年間で、厳しいカリキュラムをこなします。しかし、パリ・オペラ座バレエ団に選抜されるのはほん の数名のみ。毎年バレエ団が採用するのは10名に至りません。入団後は、群舞の『カドリーユ』からスタートし、上級群舞の『コリフェ』、ソリストの『ス ジェ』、主役級ソリストの『プルミエ・ダンスール』(女性の場合は『プルミエール・ダンスーズ』)と昇進していきます。昇進するか否かは、毎年12月に行 われるオペラ座内部のコンクールによって決まります。しかし、頂点の『エトワール』だけは芸術監督による任命で決まります。才能があるダンサーはスピード 昇進することもあり、プルミエール・ダンスーズに昇格して1週間でエトワールに任命されたギエムなど、エトワール任命のニュースが世界中で話題になること もしばしばです。昨年12月29日にエトワールに任命されたばかりのクレールマリ・オスタを含め、現在エトワールは11人。そのうちの誰が浜松で踊るの か、お楽しみに!(キャストの正式発表は公演当日になります。)◆ジュエルズ演目紹介◆

音楽:「交響曲第3番」 作曲:ピョートル・I. チャイコフスキー(露 1840~1893)