グローバルナビゲーションへ

本文へ

ローカルナビゲーションへ

フッターへ



トップページ >  インタビューノート  >  【ピアニスト】北村朋幹

【ピアニスト】北村朋幹


15歳の時に浜松国際ピアノコンクール第3位(2006)、17歳の時にはシドニー国際ピアノコンクール第5位ならびに3つの特別賞(2008)を受賞するなど、若くして頭角を現した北村朋幹氏。その後、24歳の時にはリーズ国際ピアノコンクール第5位(2015)入賞を果たし、現在は32歳。ドイツ・ベルリンで暮らしながら精力的に演奏活動を行っている。

2月に開催される名古屋フィルハーモニー交響楽団(以下、名フィル)との公演では、指揮者デビューを飾ると共に弾き振りに初挑戦する。本公演への意気込み、音楽に対する想い、幼少時に住んでいた浜松での思い出などを伺った。

浜松のコンクールでの思い出やエピソードを聞かせてください。

父親の仕事の都合で小学2年生まで浜松に住んでいました。浜松から愛知県に引っ越したんですが、未だに日本で故郷をどこだと思うか聞かれたら、浜松かなと思います。学生時代のほとんどを名古屋で過ごしましたが、名古屋に引っ越してからも浜松が恋しかったし、ホームシックでした。コンクールの1年半くらい前、中学1年生の時に浜松国際ピアノアカデミーを受講しましたが、純粋に浜松に行ける、合法的に学校を休んで浜松に滞在できるというのも受講した理由ですね。そのうち、浜松で大きなコンクールがあると知り、すごく好きな場所であるアクトシティで弾けるってことで受けてみようと思ったんです。コンクールの直前にすごくひどい風邪をひいて、出場順を決めるくじ引きにも行けなかったし、1次予選の時はほとんど物が食べられませんでした。長いコンクールの場合、普通はどんどん痩せていきますが、僕はだんだん健康になっていった… 異国の知らない街だったらすごく心細かったと思うけど、浜松の街にいたからこそかなと思っています。

コンクールの本選でもラヴェルのコンチェルトを演奏されましたが、ラヴェルに思い入れがあるのでしょうか?

東京音楽コンクール (2005)で1位をいただいた翌年に、コンチェルトを演奏する機会をいくつかいただいたのですが、その一つが大友直人さん指揮の東京交響楽団の定期演奏会でした。その大舞台でラヴェルのコンチェルトが楽団側から指定されていたのです。お話をいただいた時には、まだ浜松国際ピアノコンクールのことは念頭になかったのですが、蓋を開けて見ればその演奏会はコンクール直前、でも浜松のコンクールも受けてみたい。そこで他のコンチェルトを用意する余裕も能力も、当時の僕にはなかった、というのが正直なところです。

結果的に浜松で賞をいただいたこともあってか、その後もこの作品の演奏を依頼していただくことが続き、それが嫌な時期もありました。自分の年齢が上がり、少しずつ作品の奥深さを感じるようになり、それに見合う自分になるにはもっと時間が必要なことは分かっているのに、今演奏しなければならない、という循環の中に入ってしまっていたのです。その後、しばらく弾かない時期があり、去年久々に取り組んだのです。そしてまさにその準備をしている時期にこのお話をいただいて、これはようやく新しい視点で演奏できるチャンスなのかもしれない、と思いました。ラヴェルが元々自分で弾き振りしようと思って書いた曲でもあるので、その意味でもこの上ない機会であるように感じたのです。

浜松国際ピアノコンクール本選(2006年)

ベルリン芸術大学卒業後、フランクフルト音楽・舞台芸術大学で歴史的奏法の研究にも取り組んだそうですね。

べルリン芸大のピアノ科に入学したんですが、並行して古楽科にも在籍していました。古楽科に入れば、誰も触っていない古楽器を1日中練習できたので。その後、フランクフルトの学校で割と専門的な勉強をしましたが、自分の中では、古楽器とモダン楽器にあまり差を感じてないですね。モーツァルトのコンチェルトを2000人のホールでモダン楽器で弾くことは、曲からしたらすごく不自然なことだと思っていますが、それが不可能かというとそうではなくて、ある種のアダプテーション、変換をして、それでいながら、どうオーセンティックにできるかっていうことはいつも考えていることなんですね。どちらかでないと、ということではないですし、そもそも、ピアニストはどのホールに行ってもそこにある楽器を弾かなくてはいけないわけで、古楽器とモダン楽器ほどの差はないにせよ、毎回、そのホールとピアノで一瞬の音を作らなければいけないですから。

今回の公演の目玉は北村さんの弾き振り初挑戦だと思いますが、指揮をやってみたいという想いはあったんですか。

子供の頃は、ウルトラマンになりたい、みたいな感覚で指揮者になりたいと思っていたかもしれません。でも、歳をとるにつれて自分にできることと、できないことがなんとなくわかってきますよね。そして指揮者というものが実際、どういう職業なのかも。スコアを読むのが好きで、こういう風に演奏されたらもっと面白いだろうになぁ、なんて思うのは楽しいですが、そういった音楽の上での理想とは別に、現実的な仕事として、大勢の人の前に立って引っ張っていくような気質が、果たして自分に備わっているのかどうか。その意味で逡巡もあったのですが、弾き振りの話をいただいた時、これを断って二度とそういう話がなかったら、すごく後悔するだろうと思ってお引き受けしました。

それから実は、僕はコンチェルトに苦手意識があるんです。リハーサル時間はいつも短く限られていて、深く理解しあって同じものを目指しているという感覚がないまま終わってしまうこともあり… だからと言って、何か強烈なことをして力づくで自分のやりたい事を叶える方法も僕は好きではないし、指揮者やオーケストラの皆さんと一緒に音楽を作っていきたい。いつも良い方法を探し、模索しています。

ただ、今までにご一緒した何人かの指揮者の方とは、本当にこの上ない極上の室内楽をやっている気分になり、まさに会話をしているような共演をしてくださりました。そういう経験は掛け替えがなく、そしてやっぱりコンチェルトって本当はこれだよね、と思うんです。大きな室内楽としてのコンチェルト。僕は指揮者ではないからすごく大きな挑戦ではあるけど、だからこそピアニストとしての視点から取り組みたい。普段コンチェルトを勉強している時もフルスコアから勉強をするので、普段は叶えられずに終わることが多いことも、今回はもうちょっと踏み込むことができるのなら、それは本当に魅力的です。コンチェルト以外の曲も指揮することにより、より長い時間、音楽を通して共有し、良いところも悪いところもわかってもらえた上で対話できる、そうであって欲しいと思うし、それができる準備をしていきたいと思っています。

名フィルさんとは長いお付き合いですが、共演で楽しみにしていることは?

高校生の時にオーケストラが聞きたくて名フィルの定期会員になったんですが、次の年に自分が名フィルの公演で演奏することになって、むずがゆかったですね… 自分の10代を知っている人がいるのは嬉しいような、嫌なような。ソリストとしてオーケストラと演奏する時、本当は僕はこんな人間じゃないんですよっていつも言いたくなってしまい、どうしてもいろいろなことを考えてしまうのですが、今回はもう少し近い距離でできるんじゃないかって気はしています。

現在、ベルリンにお住まいですが、ベルリンを選んだ理由はありますか?

どこの街にもその街の特色があって、ベルリンだったら、いろいろな人種が混ざっているから、外に出て電車に乗ってアジア人を見ないことはないし、そういう意味では、非常に住みやすいですよね。ベルリンは物価も安くて、日本では考えられないような良い条件でピアノを弾ける家を見つけることができるのも住みやすさの一つですね。あとはやっぱり、オーケストラとオペラがたくさんある街だっていうことが大きくて、数え切れないぐらいのコンサートを聞き続けてきましたね。
留学は、結局、自分のことを誰も知らない街に1人で行って、自分と向き合うことだと思うのですが、それが結構タフなことで… 言葉の壁とかではなく、海外で1人で住んでいると今自分がここで死んでも誰も気づかないんだなっていう感覚、そういう中で過ごしていくことがすごく大事で。そうすると、なんで自分は生きてるんだって事になってくるわけで… それでも音楽をやっていきたいと思うし、音楽をどうしていきたいのかってなるんだけど、そういった気分にさせてくれる今の環境をすごく気に入ってますね。自分の近所に知り合いが住んでいなくて、散歩をする場所がたくさんあって、自分の家にたくさんの楽譜と本と楽器が置いてあるという環境にいられることはすごくいいなと思っていますが、そのことだけに関していえば、別にベルリンじゃなくてもいいなとは思います。

今後の活動について教えてください。

音楽とは良い距離感で生きていきたいなと思っていて、自分が10代の時、20代の時、そして32歳の今、それぞれに距離感は違うんですよ。変わることが悪いことだとは限らないし、でも悪い方向に行くかもしれないし。すごくニュートラルな状態というか自然な状態で、ずっと音楽が自分の中心にあるといいなと思います。

最後に、本誌をご覧の皆さんにメッセージをお願いします。

子供の頃は引っ越しも多くて、学校でもいつも転校生で、20歳くらいでヨーロッパに行ったから、今も外国人として住んでるっていう意味で言うと自分がどこに属しているのかわからないし、自分には故郷がないっていう感覚がずっとあるんですけど、浜松は故郷のように感じています。自分にとっての本当に幸せな子供時代って言うと絶対思い浮かぶのは浜松です。だから、その場所に戻れるのは嬉しいということを超えて、とても大切なことです。だって、中学生とか高校生の時、何も用事がないのに、浜松に1人で遊びに行ってたくらいですし。アクトシティは未だに見るとワクワクするし、そういう場所で演奏できるということは本当に幸せなことだなと思っています。

北村朋幹 指揮・ピアノ 名古屋フィルハーモニー交響楽団

2024年2月12日(月・祝)15:00開演
アクトシティ浜松中ホール
全席指定 S席:5,500円 A席:4,500円 B席:3,000円 学生B席(24歳以下):1,500円

公演の詳細は、こちらをご覧ください。